お湯に溶かして直ぐ出来る、簡単美味しいインスタントコーヒー。別名ソリュブルコーヒー、可溶性コーヒー。
定義
お湯に溶かすだけで完成するコーヒー製品の総称。製法は幾つかあるが、何れもコーヒー液をからっからに乾燥させたものを指す。日本の公正競争規約上では「コーヒーいり豆から得られる抽出液を乾燥した水溶性の粉状、顆粒状その他の固形状のコーヒー」と定義され、アメリカでは「水分3%以下、カフェイン3.6%以上、炭水化物はブドウ糖で35%以下の成分組成を有し、熱湯や水によく溶け、沈殿や混濁を生じない」可溶性のコーヒー製品のこと。
現状と評価
手軽に飲めるコーヒーとして日本は勿論世界中で広く愛飲されている。各家庭は勿論のこと、キャンプのお供や、各国軍隊の作戦時の嗜好品、レギュラーコーヒーを入れる時間も惜しい熱心な研究者などにも愛され、コーヒー文化の普及と成熟の一翼を担っている。一方でコーヒー好きやマニアを自称する人達からしばしば不味いコーヒーの代名詞や「泥水のようだ」などと言われ、日本の官僚からは正式に「贅沢品に当たらない低品質コーヒー」などと言われた可哀想な奴でもある。
世界全体で見た場合コーヒー消費量の約25%がインスタントコーヒーが占め、日本に限った場合約50%ほど、アメリカでは33%ほど、イギリスでは約90%を占めるほか、消費量ではタイ、ロシア、ドイツなどで多い。
近年品質向上が目覚しく、よりドリップコーヒーの味に近づけようという動きが活発である。その為下手な人が淹れたコーヒーよりも余程美味しい品も珍しく無くなっている。中でもネスカフェバリスタなどは随分振り切っている。一方でインスタントコーヒーのインスタントコーヒーらしさを愛する人もいる為、ドリップコーヒーに近づけることを良しとする人達ばかりではない。
製法
製法は大きく分けてスプレードライ製法、フリーズドライ製法、アグロマート製法などがある。何れも非常に高い温度(170度前後)で多段抽出した高濃度のコーヒー液から水分を飛ばし、コーヒーの抽出成分のみを取り出す手法である。
スプレードライ製法(別名噴霧乾燥、スプレードライング、熱風乾燥方式)
高温の乾燥用の筒に抽出したコーヒー液を噴霧して瞬時に蒸発、乾燥させる製法。噴霧させるので当然製品は微粉状となる。製造の手間が少ないため量産に向き、製品を安価に仕上げることが出来る。また、細かい分水分に溶けやすく、冷たい水や牛乳などにも溶かしやすい。
一方で抽出後に火を入れている為、他の製法に比べやや風味・香味が飛びやすく、細かい分湿気に弱いなどの欠点がある。但し多くの場合、乾燥直後に冷却するなどして風味の劣化を最小限に抑える工夫をしている。
フリーズドライ製法(別名真空凍結乾燥)
コーヒー抽出液を-40℃以下の低温で急速冷凍し、細かく砕いた後さらに減圧し、真空状態にする事で水分を昇華(固体から液体を得ずに気体となること)させ、乾燥させる方法。砕いた時の形状がそのまま残る為、商品にもよるが2~3mm程度の粒状になる。スプレードライに比べ風味・香味が飛びにくく、仕上がりの品質で勝るほか、湿気にやや強い。
一方で高額な設備と手間とエネルギーが必要となり、量産に向かず、高額となる。その為高品質インスタントコーヒーの代名詞でもある。また、冷たい水や牛乳などには若干溶けにくいと言う欠点もある。
アグロマート製法
スプレードライ製法で乾燥させたコーヒーを水蒸気(主にコーヒー液)と共に真空の筒に入れ、再度乾燥させた物。品質はスプレードライと然程代わらないが、一度水蒸気とくっついてから乾燥するため、概観がフリーズドライと同等程度の顆粒状の固まりとなる。スプレードライに比べ水に浮かびにくく、溶かしやすいのが特徴。またスプレードライより湿気にやや強い。
種類
ロブスタ種のみを使用した安価で低品質なものからアラビカ種を一定以上使用した高品質品、レギュラーコーヒーの粉末を混ぜた物や、スティックタイプと呼ばれる砂糖やミルクと共に一杯分のコーヒー粉を小袋に入れた物など、なかなか種類は豊富である。
インスタントコーヒーの歴史
インスタントコーヒーの歴史は意外と古く、古いが為はっきりしない部分もあるが、始まりはかのボストンティーパーティーの二年前、1771年のイギリスまで遡る。まだペーパードリップはおろかネルドリップすら誕生していない頃に発明されたが、残念なことに貯蔵可能期間の短さから普及・発展することはなかった。
1853年。今度はアメリカ人がインスタントコーヒーを開発に成功。販売も行われたようだが、やはり保存性に問題があり、普及することはなかった。
それからさらに半世紀近くたった1889年。ニュージーランドのインバーカーギルにてコーヒーや香辛料の販売業者であったデイビッド・ストラングが「ソリュブルコーヒーパウダー」を作成、特許を取得し、実際に「ストラングコーヒー」として販売していた。
その10年後、1899年(日本インスタントコーヒー協会では1889年表記、また1881年と表記する文献もある)には、アメリカのシカゴに留学していた日本人科学者のカトウ・サトリがインスタントコーヒーを開発に成功している。当時カトウ・サトリは緑茶のインスタント化を目指し研究する過程で水分除去法を開発しており、アメリカの焙煎業者や輸入業者がコーヒーでの応用を依頼したのがきっかけとされる。コーヒー液をドラム式の真空蒸発缶に入れて真空乾燥し粉末化するというもので、アメリカ人科学者の協力を得ての成功であったと言われている。
また、カトウ・サトリは1901年のニューヨークバッファローで行われたパンアメリカ博覧会でカトウコーヒー社として「ソリュブルコーヒー」を発表、同年に特許を出願し、二年後の1903年に取得している。これはインスタントコーヒーに関する特許としては出願も取得もアメリカ史上初であったが、味や香りの問題からか商品化には成功しなかった。
1906年にはアメリカにてジョージ・コンスタント・ルイス・ワシントンもインスタントコーヒー製法の特許を取得、1909年にはRed E Coffeeの名で生産・販売を行い成功している。またRed E Coffeeは第一次世界大戦中にアメリカ軍兵たちに供給され、インスタントコーヒーの普及に大きな影響を与えた。戦後も家庭で愛飲するようになったのである。この事からか、長らくワシントンがインスタントコーヒーの開発者だと言われていた。
この後様々な企業がインスタントコーヒーの製造と販売を行い広く普及していくことになる。1909年ヨーロッパで販売された「ベルナ」、1920年代末に起こったブラジルのコーヒー豆大豊作の時、ブラジル政府から余剰コーヒーの加工を頼まれたスイスの企業ネスレが1937年に完成させたスプレードライ方式のインスタントコーヒー「ネスカフェ」、同じく1946年にマクスウェル社が開発したスプレードライ方式のインスタントコーヒー「マクスウェルハウス」などはその代表である。特に「ネスカフェ」は今日に至るインスタントコーヒーの始まりと言われるほど広く普及した。また、ネスカフェは1939年にアメリカ軍において制式採用されている。
日本では戦時中の1942年に統制会社日本コーヒーによって製造され、軍に納入、1950年代には輸入もされ1956年には一般市場に出回っていたが、本格的に普及したのは1960年に森永製菓他による国内生産および1961年の輸入自由化が始まった後である。当時喫茶店は定着していたがレギュラーコーヒーはその手間から人を選んだが、インスタントコーヒーはその点手軽であると人気を博し、流行した。
1965年になるとフリーズドライ製法が発明され、クライスの「クライスカフェ」を皮切りに「ネスカフェゴールドブレンド」などの商品が発売、スプレードライ方式より風味に優れることなどから成功を収め、各社の商品開発が激化し、著しく品質が向上することになる。今日に至るまでフリーズドライは風味の良いインスタントコーヒーの代名詞となっている。なおゴールドブレンドが日本に入ってきたのは1967年のことである。
1980年代になるとそれまで一般的だった瓶入りのインスタントコーヒーの他に一杯分を小袋(日本ではスティック上が主)に入れた商品が販売されるようになる。袋にはコーヒーの他砂糖や粉末ミルクを纏めた物がほとんどで、カフェオレなどが手軽に楽しめるものとして一定の需要を得た。一方で瓶タイプに比べ若干値が張る、個々人の好みに合わせられないなどの理由から発売当初は販売が伸び悩んだが、時代が下るごとに需要が増し、品質改善や種類の多様化もあって2015年現在では瓶タイプを押さえインスタントコーヒー史上の主力となっている。
2000年以降はネスレが「ネスカフェ香味焙煎」を販売するなどより高品質なインスタントコーヒーの開発・販売をするなど一定の動きは見られたが、各社開発競争は緩やかとなっていた。しかし2010年にネスレが「ネスカフェ香味焙煎」のリニューアル時に従来のインスタントコーヒーに微粉砕したレギュラーコーヒーを混ぜる「挽き豆包み製法」を採用、2013年にはネスレのインスタントコーヒーを全種この製法に切り替えたことや、スターバックスコーヒーを初めとする新しいコーヒーブームの影響などをきっかけに再び開発競争が激化。前述のようなレギュラーコーヒーを混ぜたインスタントコーヒーの他、製法の見直し、アラビカ豆の使用量を増やすなどの工夫を施し、高品質化の一途を辿っている。一方で依然として安価で低品質なインスタントコーヒーも多数存在する。
このようにインスタントコーヒーの歴史は一重に技術開発と品質改良の歴史と言って過言ではない。またその手軽さからコーヒー文化の普及に大きな貢献と影響を与えた立役者でもある。毛嫌いする人が多いのも事実だが、更なる発展に期待したい。
代表的なシリーズや制作会社
マウントハーゲン:オーガニックインスタントコーヒー オーガニックカフェインレスコーヒー
クライス:クライス・エコ カフェインレスコーヒー ソフトブレンド ロイヤルマウンテンブレンド
ネスカフェ:ゴールドブレンド エクセラ 香味焙煎 フラジール プレジデント
AGF:ブレンディ マキシム ちょっと贅沢な珈琲店 マキシムスティック ブレンディスティック
UCC:ザ・ブレンド 職人の珈琲 UCCインスタントコーヒー クラスワン
キーコーヒー:スペシャルブレンド Rootsアロマブラック テイスティライフ
モッコナ:ブラックラベル コンチネンタルゴールド エスプレッソ ヘーゼルナッツフレーバー
カフェグレコ:エスプレッソロースト
MMC(三本コーヒー):ヨコハマブレンド21 アロマロード 美味珈琲グルメ
マルバディ:コナインスタント
ハマヤ:ブルーマウンテンブレンドNo.1
キャピタル:シングルオリジンモカ シングルオリジンキリマンジャロ
余談
東野圭吾『探偵ガリレオ』において主人公のガリレオこと湯川学が好んで飲んでいる。その理由について「うんざりするほど試行錯誤がなされている」ことやレギュラーコーヒーを入れる時間が勿体無いからと述べている。
この他、利便性や安っぽい味が好きだと言う理由でインスタントコーヒーを好む人物が登場する作品は少なからず存在する。
個人的にはレギュラーにはレギュラーの、インスタントにはインスタントの、それぞれの良さ・特徴・悪さがあるのだから、両者を同じ目線で比べるのは、いってしまえばドリップコーヒーとエスプレッソを同じ土俵で比べるのと同じくらい不毛だと思う。それ位両者の味わい・風味は違う物だと感じる。これは缶コーヒー他に対しても同じ。
なお、湯に溶かす前に予め水でよく練っておくと少し味が良くなる。お試しあれ。